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元氣メグル日々 エリカのブログ

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2018ジンバブエ その6

ハラレにビザの延長の為にでたが、ドルとボンドのレートは上がらないのに、物価はジワリと高くなっている。
ガソリンスタンドの車の列の長いこと。後が見えない。
ATMは、キャッシュ不足で殆ど機能していない。
こういうインフレーションになってくると、人々は貨幣を貯めておくことより物を買う。チアニケも纏まった収入をかなり中古の日本車購入にあてた。以前のハイパーインフレーションの時も、自家発電機に全ムビラ収入をあてたムビラメーカーがいてその発想に驚いたものだが、物ならば高い値段をつけて転売できるというわけだ。どれだけ貨幣価値が信用ならなくなっているか。

こんなジンバブエだが、ハラレは相変わらず活気があり、人々は爆笑しながら冗談いいながら、手を繋ぎあったりスキンシップを楽しみながら、笑顔に溢れている。私はジンバブエミックスの娘を連れているので特に目立って、ムバレで古着を買っても薬草を買っても、人々に話しかけられ、からかわれる。
日本人はいつも不機嫌そうな人がなんて多いことか。この開けっ広げなジンバブエの人々の笑顔とユーモアを見せてやりたい。

娘の父親がハラレの宿に来てくれて、2年ぶりに会えた。娘は勿論大喜びだ。相変わらず父親に表情が似ている子だと思う。
この旦那がいうには、「いまのジンバブエの急激な変化はすぐにまたよい方に変わるだろ」というのだ。根拠がない楽天的な発言。日本のような社会問題に無責任、人任せではないのだ。どこか圧倒的な楽天さがジンバブエ人にはあるように見える。

| ジンバブエでの日々 | 04:18 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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2019ジンバブエ その5

牛の感染症が流行しているようで、まだ4ヵ月の子牛が数日かけて動けなくなり、目の前で痙攣して死んでいった。娘とともに見ていた。その後、解体も娘は興味深くみていた。次の日も大人の牛が病気で、早めに肉屋に売られて、その解体の一部始終もみんなで見ていた。毎年、色々な動物が絞めらていくのを見慣れていて、臓器の名前を聞いてきたり、怖さとかより生物の生死に興味深い様子。
「お肉は食べたくないね。殺されてしまっているんだよ」と娘。

牛の感染症は深刻なようで、20頭近くいる牛を押さえて、全員に注射を打っていた。押さえるのも人が紐で力ずく。ここは本当に何もかも人力、手作業。
人々は恐ろしく目が良く。薄暗い中、牛の名前を呼んで牛追いをする。牛は見えても名前まで分からない。
都市生活は人を身も心も退化させてしまって、ただ機械的に時間の刻みばかり早いだけなのではないだろうか。

娘が「メイズって無駄なところはないんだね。」と話してくる。メイズは、粒は食用。芯のマグリは薪になり燃やされる。日本の稲だって、お米は食用、藁も色々な道具を作って使われたんだよ。

ホウキをムチャイロというが、庭から適当な枝を折ってこしらえる。娘の家の子供とともに草原に入ってこしらえて、庭をはいていた。「ホウキを作るのって面白いね。」自然の中で色々な道具が作れるね。買う必要がないんだね。

今年のチアニケ一家。夏休みになると、孫たちは親元に帰ったり人が散って行くので早めに集合写真を撮った。大体、常に20人近い人が共に暮らしている。

| ジンバブエでの日々 | 23:56 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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2019ジンバブエ その4

セクル・チアニケが子犬を60bond で飼ってきた。村の生活では、番犬は重要だ。名前を付けていいと言われて、Chikaraと付けた。ショナ語と日本語で、似たような発音、意味の言葉がいくつかある。チカラは、ショナ語でもパワーや強さを表して、日本語の力と似ていることを知っていたので付けたが、チアニケ家の人も気に入ってくれた。ショナ語の方は少し魔物的な危険なパワーを表す言葉みたいだ。

セクル・チアニケに今のジンバブエに状況をどうみているのか。
「リーダーたちは、自分の儲けばかり考えていて、底辺に人々の為の政治ではない。武器を買うぐらいなら、貧しい人々を救うべくだ。」日本の話かと思った。
それでも与党zmPF支持だ。「独立に為に戦った戦士がまだ政治をしている。外国に身売りする気の若い野党の連中より信頼がある」そうだ。
「しかし、プライスコントロールも出来ない政治は酷い。」ものの値段が店によって、毎日違う。オールドプライスの店や値札を探すと、同じものも安く買える。ある朝、チアニケとガソリンを買いに行ったが、ハラレの値段が分かるまで、ガソリンはあるが売れないというのだ。ハラレで値上げしたら地方も上げる。結局、待ちくたびれて、その日は諦めた。
為替は、US $1=7~10bondと上下しても、ものに値段はけして下ることなく上がっていく。
セクル・チアニケは、日本の選挙投票率が50%を切ったと話したら驚いていた。昨年の選挙を間近でみたが、村中の人が選挙に村の中心に向かって行っていた。「政治は何が正しいか分からないが、選挙に行かないことは自分たちの未来に関心がないということだ。」というジンバブエ人のほうが、今の日本人よりよほど民主主義的な意識があると思ってしまう。みんな政治の話は好きだし。

牛の乳搾りが少し上手くなった。娘は、牛が怖くて数回絞ったら逃げてしまう。乳搾りって、こんなに握力のいる仕事とは思わなかった。ムビラを弾いて手が疲れて、乳搾りで手が疲れて、握力を鍛えられる。
植民地時代は、白人の農場で1日1人50匹絞っていたそうだ。
独立から39年。この国にいると、まだ植民地時代の話、独立戦争の話が聞こえる。

| ジンバブエでの日々 | 23:54 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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2019ジンバブエ その3

私が紹介した日本人のムビラ修行者と数日、チアニケ家で一緒に過ごせた。彼が「この自給自足で火で煮炊きし、井戸水で、生活していくライフスタイルがこの先も続きますかねぇ。」と質問されて、私は自然環境が変わらなければ続くと思うと答えた。
彼らは、この村での生活で物々交換(主食のメイズで払う)をし、牛、ヤギ、鳥(鶏、アヒル、七面鳥にホロホロ鳥)、ウサギと動物を飼い、メイズ、豆、落花生、野菜と食べ物を育て保存し自給しているからこそ、経済危機を乗り越えられるのだ。彼らにとって、電気、水道、食物全部買わなければならず、電気も水道も度々止まる都市生活のほうが不自由だ。自給率の低い日本でこのインフレーション、経済危機が起こったら乗り越えられないだろうな。
開発、発展とは、彼らにとって余計なことだと思う。国際協力の仕方も、彼らの伝統、暮らしのバランスを崩さないことが重要なのだろう。

私は、日本で仕事や家事に追われて、ムビラを弾けない分、まるで一年分ように終日練習している。私にとっても幸せな日々だが、この生活はこの年代の娘にとってなんて大切な日々なのだろうと思う。
娘が、ウサギのつがいが小屋で交尾をしているのをみて「こうやってメスの上にオスが乗って仲良くしていると、赤ちゃん生まれちゃうよ」と、言っていた。具体的に説明したことはなかったが、経験で知っていたようだ。では、今度はアヒルの交尾を見ようと、二人で観察。具体的に性器の挿入について説明。アヒルはじっくりやり見ていて面白いが、鶏は節操なくオスは勢いよくメスに駆け上がり、素早くやったと思ったら、また違うメスにも乗ろうとしていた。産まれて数日の子ヤギは、まだ臍帯がついていて、娘に子宮で胎児が育つ様子も説明できた。
性教育というと、日本では教科書で空虚で不自然に教わるが、自然はこうも簡単に体験としてみせてくれた。
写真:チアニケ家の子達と混じりしすぎ。どれが娘でしょう。

| ジンバブエでの日々 | 23:52 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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2019ジンバブエ その2

ジンバブエはインターネットの接続が非常に悪く、一日のうちに瞬間的に繋がるのみ。SNSも送信できず、連絡が取りにくい状況。マルチカレンシーを廃止した6月末ぐらいから、こんな状況の様子。人々はキャッシュ不足で、給料もエコキャッシュという電話番号にリンクさせた電子通貨で振り込まれたりしているが、ネットワークが悪いと使えず買い物も出来ない。キャッシュもなし、電子通貨もなし。それでも人々はゆったりと、電波が繋がるのを待っている。
ジンバブエは、ほぼ8割が農民だと言う。農家で自給自足に近い生活があるから、このインフレーションやマルチカレンシー廃止といた為替の危機をしのいでいく。日本だったらしのげないだろう。私はこの国の自給自足の生活に、経済危機に打ち勝つ道をみてしまう。

例年お世話になっているビレッジ4Bのチアニケ家に移って来た。メンバーが入れ替わっていても、4人の女の子と7人の男の子の11人の子供の面倒をみていた。その中の3人は、孫ではなく遠縁の子だが、誰も面倒をみる人がいないから引き取っている、チアニケのその懐の大きさ。それに比べて、日本の核家族、近所付き合いのなさ、コミュニティーに属さなかったり、個人で引きこもっている小ささ。

娘はほぼ同じ歳の女の子たちと、終日真っ黒になって遊んでる。もうショナ語で喧嘩をしだした。
15頭牛がいて3頭出産したので、牛乳が豊富にとれる。毎日子供たちが搾乳しているが、私たちがやらせてもらうと上手く絞れない。今年はもう少し上手くなりたい。
ヤギも牛も目の前で勝手に出産する。鶏もヤギも、目の前で絞められて、美味しくいただくことになる。飼っている鶏たちも、途中でヒヨコのうちに死んだりするが、残酷に子供は遺体をもてあそぶ。勿論、娘も一緒になって。
井戸水をくみ、乾季なので、野菜に水をあげ、収穫し。囲炉裏に薪をくべ、料理し。
ここの生活は、すべて自然の恵みの中で、手作りだ。
ここの生活は、人の生きる術がすべてある。娘が毎日発見する思いを聞いていると、学校教育よりも、もっと深い学びがあると娘が学齢期になったからこそ感じる。学校に遠慮して、夏休みのみの旅にしたが、思いきってもっと長く旅すればよかったと、思ってしまった。
娘には、「やはりジンバブエに住むことにしようよ」と言われるが、それはもう挑戦済み。外国人がサバイブするには難しい国よ。

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