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元氣メグル日々 エリカのブログ

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誕生日

今日は私の誕生日。46才になりました。娘は8日に8才になりました。
娘が生まれてからは、自分の誕生日は生後3日の新生児を抱いて、産後疲れしていた母親になった時を思い出します。
「今日からまたママも赤ちゃんだね」と娘。多分、また新しい一年が始まり、成長していけという意味でしょう。毎日希望と夢を持って、幸せを感じて精進して行きます。
田んぼの活動日で草取り。稲が順調に生育していて、娘も笑顔で元気で、一つ年を重ねられたことに感謝です。

| 日々のこと | 15:23 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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ジンバブエよりの訃報

Cosmas Magaya死去のニュース。ショックだった。夫Samson Bvureと何度かモンドロの彼の家に行った。サムソンとは、母方の親戚の関係で、ムビラの注文をよくしてくれた。亡き師匠Pasimamireとは、Mhuri yekwa Rwizi のムビラバンドを組み1983年初めてジンバブエムビラ奏者が、ヨーロッパツアーをした。パシパミレとは、ライバル関係でもあったけれど、パシパミレ亡きあと「彼は偉大なミュージシャンだった」と私に言ってパシパミレの死を悼んでくれたことを思い出す。
このMhuri yekwa Rwizi の写真。左端は、Hakurotwi Mude その隣の台にのっているのがパシパミレ。一人おいてムビラ弾いているのが、マガヤ。1980年代の写真でしょう。
ムビラとの出会いとともに、偉大なムビラ奏者たちに出会えたことに感謝します。

| アフリカ、ムビラ | 15:23 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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Black lives matter についての考察

早川さんとのトークショーのあと、多くの反響をいただいたのですが、「エリカさんのような人は、Black lives matter についてどう思うか聞きたい」というの言葉をもらい考えました。
各国の黒人に対する歴史で違うと思います。
私はアパルトヘイトを引きずるジンバブエと関わってきて、植民地にされ搾取、迫害されてきて、今でも人種間の経済格差の大きく黒人と白人が融合しきれない世界を知っています。
アメリカやヨーロッパ諸国の黒人は、奴隷貿易によって、拉致さて強制労働を課せられ、人権を剥奪されてきた歴史があります。ここも人種間の経済格差は大きく、偏見も大きく、黒人の命も大切と唱える理由も分かります。
日本では、黒人だけでなく、見た目の違う異質なものに偏見、差別が根深いと感じています。また、人権意識が低くて、かつて保育園でブラックフェイスでラッツ&スターを歌うといったママ友にブラックフェイスの人権問題について語ったことがありましたが、「でもあなたの子供を差別したりしたことないし、考えすぎだ」と言われました。いやいや、韓国人、中国人、イスラム諸国、国籍や文化習慣の違う人たちに、偏見や差別的な発言ありますが、意識していないというのが、日本の問題です。
だから、このBlack lives matter の報道は、日本人に当事者意識をもって世界的な問題だと思ってもらういい機会です。
でも、私は、この問題に声をあげようとは思いません。
私は日本の中で、アフリカンフェスティバルを開くような多くのアフリカンを知っています。日本の社会の中で、自分達の文化の素晴らしさに誇りをもち、日本に紹介し、かつ日本の文化や言葉もよく学び、共に家庭を築き、協調共存して生きていこう、とするアフリカンたち。彼らをとても尊敬しています。
そういう風に、娘も私がショナ文化に惚れて生まれた子供です。この子にも両方の文化をよく学び誇りをもって、文化の融合として生きていって欲しいと思っています。アフリカの豊かさ、文化の美しさを紹介し、アフリカへ差別偏見をもつ人たちに、素晴らしさを教えてあげて欲しいです。
差別、偏見をなくすには、友達になり分かり合えること。あなたが笑顔で朗らかで楽しく生きていたら、丸ごと人はあなたを愛し、友人となり、肌の色はただの魅力的なあなたの肌にしかみえなるでしょう。

| アフリカ、ムビラ | 22:26 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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早川千晶さんとのオンライントークショー

6月27日の早川千晶さんとのトークショーでは、今までお世話になった人も、初めて会えた方も、沢山参加してくださり、ありがとうございました。

今までムビラを弾いてきて、ムビラについてやショナ文化について、語って来ましたが、自分の生い立ちから看護師の仕事、バックパッカー時代と、半生を語ることはなかったです。
皆さんが、私の直感重視で、現実は上手くいかないながら右往左往して、カッコ悪く足掻きながら歩んできた話を、面白いと聞いてくれて、反対にこちらが驚きました。

久しぶりに昔ムビラ活動を盛んにしていた感覚が甦りました。
看護の仕事で血生臭い業務を片付け、仮眠してムビラのバンドメンバーとパフォーマンスして、また病院や施設のナースして、という看護とムビラ、日本とジンバブエを行き来する感覚。
楽しくトークして皆さんとの新しい出会いに心踊らせ、ネットをoffにしたら娘の勉強見ながら家事やって、週が明ければ職場でおむつ交換している。今日も職場の認知症の高齢者は、オチャメに徘徊し、異食(食べてはいけないものを食べる行為)し、喧嘩し、まぁ活動的。
ジンバブエでの生活も日本での看護師の仕事も私にとって日常。

ジンバブエに夫は、結核と言われて3月末から体調を崩し、一時期深刻な状況だったようで、私も送金したりしました。しかし、村の息子によれば、自ら村に帰り息子に私の送金した現金を渡してたとのこと。結核って、そんな数ヵ月で回復しないぞ。真相は分からないが、元気になってきて、村までいけたならそれでいい。元気になってまたムビラ作って、世界中に卸してください。生きていればそれでいい。

人生、成功とか失敗とかないのでしょうね。素晴らしい人生も凄い人生もない。
どんなによい給料、評価さてる仕事をしていても、人は食べて寝て排泄して老いて死んでいく。その中でみんな自分なりに生きているから。自分の与えられた生に、意味を感じて、今生きていることに感謝して生きるだけです。

もっとジンバブエの知恵のある美しい村の生活の話をしたかった。介護、医療の話もしたかったなぁ。


| アフリカ、ムビラ | 21:37 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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キッチン


炎は 森の 息吹き
食べものの 命は 交わり
人に 命を 与える

ジンバブエの村で生活していた頃。薪をひろい、キッチンでこうやって毎日、炎を操ってサザを作っていた。サザとムリオ(野菜)の塩炒めだけの質素な食事だったが、美味しかった。私も子供たちも元気だった。

バックパッカーで旅した19年前から、同じ画材、同じ紙で絵を描き続けている。この形が一番表現したいことが表現できる。
私は絵を習ったことはない。正確なスケッチはできない。水彩は、こういう風に描くのものではないことも知っている。技術がないので、実は絵に自信はない。
でも、どう描いても、私はこういう風にしか描けない。そして、そんな自分の絵が好きだ。一生こうやってアフリカを描いて、言葉を紡いでいると思う。

| アフリカ、ムビラ | 10:57 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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