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元氣メグル日々 エリカのブログ

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さよならオムツ

来月2歳になる娘は、今週から布パンツデビューしました。

妊娠中からオムツなし育児に興味がありました。自分の中にある快、不快の感覚を大切にし、それに自分で対応できる人になってほしいと思っていました。排泄や衣服の着脱、食事行為など、日常生活が自立していくことは、その子の生活をとても自由にすると思うのです。だから、早めに日常生活の自立は促してきました。

乳児期は、オムツなし育児はなかなか実行できず、時々トイレや洗面器でさせ、日常は布オムツが精一杯でした。実家の母が祖母が大量に残した年代物の手ぬぐいを輪にしたカラフルなオムツを作ってくれて、とても役に立ちました。
紙オムツは、大量のごみを作るし、ポリマーの原料が経皮毒となって体に悪いので、なるべく使いたくなかったのです。

生後半年ぐらいでおまるを買って時々座らせていましたが、本格的に自分で座って排泄できるようになったのは、1歳半のジンバブエ滞在中から。ジンバブエは暖いので、オムツは外しにはいい気候でした。
今年4月からの保育園では、先生たちが少し早いと言っていましたが、トイレトレーニングを積極的にお願いして、おまるですることや教えることがどんどんできるようになって、トレーニングパンツですこし過ごして、そしてとうとうオムツ卒業の布パンツです。

今は「チッチ」といいながら漏らしてみたり、失敗も度々あって、一日でパンツ3枚ぐらい取り替えています。夜は、まだお漏らし率が高いので、布オムツを差し込んでいます。しかし、確実に自分でトイレに行こうとしています。
自分でパンツを脱いで、便器にもよじ登ります。朝あわてたように「チッチ」といって起きることもあります。

2歳前でオムツ卒業は、今の子にしては早いほうですが、紙オムツのない実家の母の子育て期には普通だったようす。ジンバブエでも、1歳半ぐらいでオムツ卒業です。やはり布オムツのほうが、排泄の自立は早いようですし、おまるやトイレの誘導もゼロ歳からしていた子のほうが、自立は早いと感じました。
子供の成長は個人差があるので、その親子のタイミングがあるとは思うのですが。

娘の布パンツデビュー。娘の成長がすごく感じられて母としてとてもうれしいのです。
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| 大島の日々 | 00:38 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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せかいはひとつ

娘の通う吉海保育園の園長先生が、私のブログを見つけた誰かから、私がムビラの活動をしていたことを聞き、ムビラについて質問してこられた。
60人ぐらいの小さな保育園だけど、よくお散歩にも連れて行ってくれるし、娘は毎日楽しく通ってくれるので私も安心して働けています。
この島でこの保育園で過ごせる縁をとてもありがたく思い、ムビラやジンバブエのことも知ってほしいので、私は自分の絵本「神とつながる音」とムビラのCD「MONDORO」を贈りました。

そうしたら、保育園の先生たちで絵本を読みCDを聞いて、園内に世界地図と世界各地の子供たちの生活の写真を張って、「せかいはひとつ。みんななかま、なかよくしようね」と書く取り組みをしてくれました。アメリカ、ケニア、韓国の子供たちの食べ物や服装、生活の様子も説明してある、世界にはいろいろな人たちがいて、みんな一緒に生きていることをお話してくれたというのです。こういう取り組みをしてくれるなんて、本当にうれしかったです。年長さんには、私の絵本を読み聞かせて、CDも聞かせたようです。
園長先生は、私のムビラの紙芝居も是非子供たちに見せてあげたいと話されました。今は、仕事で時間がとれないのが寂しいのですが、この島にいる間にアフリカンドレスを着て、ムビラの紙芝居をして、子供たちにジンバブエについてお話したい。

私が関東でしていた絵やムビラの活動は、世界はひとつであること。国家や人種に縛られず、この文化の多様性が世界を豊かにしているという、平和を訴える活動だったんだと、保育園の取り組みをみて、改めて感じました。

この園には、ジンバブエ人とのMIXのアイネのほかに、イギリス人とのMIXの子もいます。小さいころから、世界地図をみて、世界の多様性を感じられることは、子供たちの世界を豊かに自由にしてくれるでしょうね。
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| 大島の日々 | 03:04 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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踊る娘

横浜の母が、1歳11ヶ月の娘のために、私の小さなころの浴衣を直して縫って持ってきてくれました。着せたら大喜びして、なぜだか踊りだした。
いいなぁ、この子には音楽が体の中に鳴り響いていて、喜びを踊りにして表現できるんだ。
踊りって、そのくらい自由だと思う。
そう私に教えてくれたのも、アフリカ人たちの型に嵌らない突き抜けたダンスだった。うちにはテレビはないから、娘はテレビ番組のまねをしたりして踊ったり、歌ったりしない。ただ、自由に何か歌ったり踊ったりしている。
歌やダンスって、祈りのようなもので、上手い下手や型がある訳ではなく、誰かのためでもなく、ただ自分の内面を表現するそういうものだと思う。
娘には大きくなっても、そうやって自分の中の感覚を大切に表現して、生まれてきた喜びをもって生きていってほしいな。

ママは、今は仕事に追われて、音楽も精霊の声も聞こえない。こんな生活は長続きしない。心静めて、感謝や祈りの感覚を持てない日々を続けては、人の幸せはなくなってしまうよ。絵や音楽やダンスで、今生きている喜びを表現することは、大人になっても失ってはいけないものなんだよ。
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| 大島の日々 | 02:56 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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鈍川温泉にて

5月のゴールデンウィークに今治市内の鈍川(にぶかわ)温泉に行ってきました。

渓谷沿いにある泉質の良い温泉で、その山奥深さも大変気に入っている場所です。時間があったので、川におりてその渓谷の美しさを散策したいと思ったのですが、川に下りられる場所はなく、短い散策路から川沿いに無理やり下りてみました。しかし、旅館が5件ほどある温泉地なんだから、自然散策路があったらいいのに。
途中であった温泉宿の店主にその話をしたら、「ここは自然保護地区で開発が許可されないできたけど、ようやく最近許可が降りたんです。あと5年ぐらいたったら10階建てぐらいの宿ができ、散策路も整備されて、お客さんが喜ぶような観光地になるので見ていてください。」と言われ、唖然。

これからの日本は人口もどんどん減り、経済的に今より困窮する人が増えると思える中、そんな近代的な観光地を作ろうとするなんて時代錯誤でしょう。やるなら20年ぐらい前にしなければ。
ここまで昭和の香り漂うさびれた温泉地なのだから、この路線のまま、この自然景観の良さを守って味わって、行くしかないでしょう。

この大島にも、村上水軍博物館とかバラ公園とか、近代的な立派な施設が多いのですが、地域活性化のため多額の税金を使って作られた様子。
施設を近代的にすれば、観光客が来て地域が活性化されるというのは、違うと思うのですが。
大自然がある中、とってつけたような人工的な公園や博物館に、場違いさを感じてしまいます。
島の人は、近代的であり、都会的であることをいいように思っているみたいですね。

ジンバブエの夫をはじめ、クムーシャ(農村)に住む人から、「クムーシャにすべてがある。クムーシャは豊かだ。」という言葉を聞きます。私も首都ハラレに住んで、水道代、電気代、家賃と支払いに追われ、それを実感します。クムーシャでは、井戸から水が汲めて、薪を拾って料理ができて、電気だってソーラーパネルで太陽からもらえて、畑で食べ物をもらえて、現金を多く使わなくても生きていくすべが自然から与えられるのです。
クムーシャにはすべてがあると言える、ジンバブエの人々を尊敬しています。

同じようにこの大島にも、海も山もあり自然が与えてくれる恵み、時を刻んだ島遍路などの文化、大島石の石文化など、自然が与えてくれるものが充分ある。
この良さをそのまま来た人たちに実感してもらうだけです。
自然さえあれば、人間は生きていけます。
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| 大島の日々 | 22:58 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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代謝のない島

娘を保育園に通わせ、この島で120年近く続く医院の看護師の仕事が始まり、1ヶ月が過ぎました。
娘は、保育園の最初の3日間は別れ際泣いたり、昼寝ができなかったりしたけれど、すぐに楽しくなって、今や休日も保育園に行く気で早く起きるし、迎えに行ってもまだ遊び足りないと帰りたくなくて道路でジタバタぐずったりしています。
集団保育の洗礼を受けて病気するかと覚悟していましたが、鼻水程度で休むような病気もせず、元気一杯です。
ジンバブエの夫が言っていました。「この子は、ハイブリッとだから、とてもストロングなんだ。違うものと同士が掛け合わされて、すばらしいものが生まれる。」
娘を見ていると、純血であることより、異種が交じり合うことの利点を実感させられます。

この大島は、島四国といって島の中だけで八十八箇所の遍路巡礼ができる文化もあり、御影石である大島石の産地だし、造船、漁業、柑橘などの農業とすばらしい文化と自然のある島です。
しかし、この島は高齢化し、過疎が進んで、長く暮らしている人たちはただ慣例としてして続けてきたことを守っているだけ、政府や役所のいいなり、若い世代も海外に行くこともなく島と今治の世界の中しか見えていないように思えます。

職場も、10人程度の看護師の8割が40代後半から50代で、20年前後勤務し続けている人たちで、一番若くても5年は勤めています。新人や新しい人の出入りがないということは、マニュアルを作ったり見直したりすることもなく、慣例を続けていて、阿吽の呼吸で行われていることも多くて、新しく入った人間には分かりにくいことだらけ。
私は、よそ者だから彼らには違和感が強いのです。例まえば、みんな出されるまかない食を食べていますが、私は白米は好きでないので、玄米だけ持参にしました。何を食べようが、個人的な自由だと思ったのですが、「そういうことした人は今までした人はいないから、駄目ではないけど一応新しいことをするときは断ってね。」と言われてしまう始末。食べる場所や仕事をする場所の席が決まっていたりして、分からず座っていると注意を受けたりしてしまうのでした。
他の移住者の人が、何かイベントごとをしても、「挨拶がない。順番が違う。」などと、けちをつけられた話の訳がよく分かりました。

他の移住者の人が「移住してこようとするものは、日本の平均から言ったら意識の次元が進んでいる人。それを受け入れる島のたちは、意識の次元が平均より遅れている人たち。この意識の差は、遥かに大きい。」と言っていました。頷けます。
島の人たちは、日本全体、地球規模でものごとを考えているように見えません。
今の政治に問題を感じている人に会えません。原発事故は終わっているように思っています。終身雇用され将来年金がもらえると思っているから、日本の財政の破綻なんて考えてもいない。私がそれを口にするから、職場の人は驚くのです。
都市部でも同じような意識の人は多いけれど、率が違う。
都市部では、公園のママ友の中でも、話の会う人は見つけられました。

古来から異種が交わり、文化が交わってきたところは、活性化され栄えるのです。
人間の体も、文化も経済も、代謝し新しいものと古いものの出入り、常にMIXされ変化しなければ、滞り澱んで硬直化していくのです。

金銭的価値の中に幸せを作ろうとしても、今までの古い成長経済は破綻しているし、自然環境は悪化しているし、幸せは作れないように思います。
都市部に住み続け高収入を得ることより、自然環境の残る地方で少なくても収入を得て、自然と人間の共存をはかるほうが、これからの社会には必要なように思います。これからは、都市に人口が集中していくのではなくて、地方に散らばって住む次代だと思うのですが。都市部の人は、どんどん地方に移住したほうが社会にとっていいと思っています。
しかし、地方に向うよそ者と、それを受け入れる現地の人の間の意識の差は、今のところ致命的に大きいようです。
地方自治体が移住推進しても、就職先があっても、人の意識の差は人の交わりを阻害します。


私も、横浜で生まれ育ち、日本や世界を旅しても住んでみないと分からないことがありました。日本においては、首都圏のことしか知らなかった。
今、こうして愛媛に住めて、日本の首都圏と地方の違いを知って、日本の理解が深まりました。
いろいろな理由で移住できずにいる人もいるでしょう。私は幸運なことに移住できて、娘をこの安全で豊かな自然環境の島で育てられて、安心しているのです。
たぶん、私の職場も私の地域の人も、私のような人間が入って、違和感とともに刺激を受けていることと思います。
もし、私がこの島に住むことが短かったとしても、私にとっても島にとっても、いい経験であると思っています。
無駄な経験なんてひとつもないのです。

とにかく、もっと多くの移住者がこの島に来て、この島の代謝を促してほしい。
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| 大島の日々 | 23:40 | comments:3 | trackbacks:0 | TOP↑

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