元氣メグル日々 エリカのブログ

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格差社会

格差社会
日本も格差社会と言われだしていますが、ジンバブエは住む世界の違う見事な格差社会です。

私は農村に暮らしているのですが、ジンバブエの電気も水道もない農村は、自給自足に近い生活で現金収入が少なくとも、うちを含めてみんな生きているので、これを貧困層と呼ぶかどうかは疑問ですが。国連の一日ひとり$1以下の生活を貧困と言うという定義には、我が家もしっかり入ります。5人家族で月$150はかかっていませんから。

この村の農民とハラレなどに都市の階層がまず違う。
ジンバブエは、スラムと呼ばれるものはないのですが、昔の黒人居住区に密集して暮らしていて、そこはハイデンシィティーと呼ばれます。
そして、白人居住区だったローデンシィティーは、今は裕福な黒人も住んで、大きな家に庭師とメイドを雇い、ヨーロッパ的な文化を維持し優雅で洗練された暮らし。ハイデンシィティーの密集した、喧騒な暮らしとは別世界。

この農村階級、都市のハイデンシティー階級、ローデンシティー階級の格差の大きいこと。
90年に及んだ植民地政策で人種による収入格差が出来たことが影響していますが、今は黒人の成功者もいて、人種格差だけではないです。
学費でみると、小学校1学期、村は$15、ハイデンシィテー$50、ローデンシィティー$数百から$1000と上はとてつもなく高額な様子。
日本は、格差があっても、ここまで住む場所も、収入差も、ハッキリとは分かれていないと思います。

日本で貧困層だと、本当に死活問題です。特に一人暮らしのお年寄りでは、頼る人がいない。
しかし、ジンバブエでは、特に村では一人暮らしなどまず見ません。一人では、農業はできませんから、兄弟や親族が同じ敷地内で、それぞれ小屋を建てて暮らしています。老いた親も、障害のある家族も、みんなで面倒見ています。
そういう世界だからか、農村の暮らしに困窮という雰囲気はないのです。人口の80%は農村暮らしと言われますが、先祖代々のこの暮らしを続けています。
そして、多くの人が現金収入を求めてハラレなどのハイデンシィティーでの暮らしと、農繁期には農村で暮らすというふたつの世界を行き来します。

こんな農村に暮らしてほぼ一年。
3歳の娘は、単調なサザと野菜の塩炒めばかりの食生活で、5歳児ぐらいの大きさに成長しました。予防接種も何もしていませんが、この井戸水、焚き火で料理の生活で、一回熱出したぐらいで何も病気しませんでした。
お散歩なんて連れて行かなくても、村の中、周囲の草原を歩き回り、活発です。
育児は、村は楽です。
周囲には沢山同年代がいて、朝起きるとすぐ友人の家に行ってしまい、何かしらどこかの家でご馳走になっている。どこの家もサザか、ライスか、手作りのパンのチモドとメニューは決まっていて添加物も心配もない。いつもどこかの近所の大人がみているので、危ないこともないし、用がある時は近所の人がどこにいるか教えてくれる。みんなに可愛がられて、娘は幸せだと思います。

確かにジンバブエは、日本以上に格差社会なのです。しかし、最下層の農村に悲壮感はない。それは、まず自給自足できる豊かな自然があること、家族も近隣の人も、人が助け合い関係しあい生きているからではないかと、思うのです。








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