元氣メグル日々 エリカのブログ

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夫の不在

夫の不在
ジンバブエに来て、4カ月余りが経ちましたが、夫は月の半分以上はハラレに滞在していて、実は十分な時間を共に過ごせていません。夫は昨年、離婚した前妻から養育費を請求され、それを払うため牛を随分売りました。常に13頭以上はいるようですが、今は3頭のみ。今年のタバコもチバゲも収穫は少なく、昨年に比べて貧しくなっている様子が感じられます。
夫はハラレで収入になるビジネスを探している様子。しかし、メールのみで連絡を取り合っても、状況は分からず、2~4週間も家を留守にされて、19歳を筆頭に子供たちと暮らす日々。
ここに親族も友人もいません。ショナ語に不自由だし、生活習慣も不慣れです。夫を頼ってきたのに、夫の不在が長すぎて、寂しさと心細さが募って、日本の家族や友人を思います。夫がいないなら日本の生活のほうがベターだと思うと愚痴ると、夫は今は生活が厳しい、日本の生活がベターだと思うなら帰って、のちにまた来ればいい、と言って来ます。3年近く状況が良くなることを待って、ようやくジンバブエでの暮らしが実現したのです。そう簡単に帰れません。
ムビラの注文はあるのですが、支払いをしてくれないので、これでは収入が遅い。
もちろん夫はお金も食糧も運んでこれず、夫はいない、金もない、食糧もない。
実はテレビ東京が私の暮らしを取材したいとお話がありました。このジンバブエの農村の暮らしには日本が失ってしまった大切なものがある。それを見て感じてもらいたいと思って、受けることに一旦したのですが、夫との信頼関係に問題がある今は辞めようと思っています。
何度か事前のインタビューを受けました。「暮らしが厳しいようですが、苦労をしつつジンバブエに暮らし続けようと思ったのか理由はありますでしょうか?」と聞かれました。それを、自問自答する日々でした。
私は、やはりジンバブエの農村での物質的に貧しくても、豊かな自然の中で、自然が鑑賞物や支配する物ではなく、生活と一体になり、村人や家族が協力しあっていく生活に、人類が未来生きていく姿へのヒントが見出せるのではいかと、思っています。だからといって、日本がこの原始的生活に戻れと言っている訳ではないのですが。
私が夫との結婚を決意したのは、東日本大震災のあった2011年。国土を放射能で汚し、その上経済優先、個人の利権優先で国土も国民も守らない国の有様に大変不信を強くしました。
娘が生まれ、この自然が破壊され、人々は機械に頼った生活より、このジンバブエの農村の中で子供を育てたいと思って私は来たのです。ここでは食べ物は質素ながら、生きることはできます。この一日2回のサザとベジタブルの塩炒めるばかりの食事なのに、娘は病気もせず、ますます大きくなっています。電化製品も極端に少なく、子供たちは自分で玩具を作ったり、食べ物も少年になれば自分で鳥を取ったり、虫を取ったり、果物を取ったり、自分で考え行動し、生きる力の強い子が育ちます。
日本で看護師をすれば金銭的にはどうにか娘は私が育てられます。しかし、娘に父親や兄弟、この自然を与えることはできません。私自身も夫に会えなくなります。
やはり今、私がこの生活に拘るのは、夫への愛情と、娘を大自然の中で健康に逞しく、家族で育てたいという思いです。
結婚生活は難しいものです。

| ジンバブエでの日々 | 21:42 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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