元氣メグル日々 エリカのブログ

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チェンジェライ・ホーヴェ『骨たち』

ジンバブエ人の小説で、日本語訳されたものは数が少ないので、教えてもらったら片っ端から読んできました。
ジンバブエの歴史や彼らの文化や生活、心理や国民性をもっと知りたかった。
最近、また片っ端から再読中です。

チェンジェライ・ホーヴェ『骨たち』の最初の読書観。
ジンバブエの植民地支配から民族解放を経て、独立したことの話です。白人の農場で労働する一人の女性の生き方を中心に書かれています。
私は最初読んだ時、白人支配のもとで抑圧され誇りを失いながら生きる人々。独立闘争の悲劇と、戦士として出て行った息子を追って、農場から逃亡し町で惨めに死んでいく女性。ジンバブエのチムレンガ(闘争)の伝統が、印象に残った本でした。

新たに再読して、この最初の印象は、あらすじ、表面を追ったものだけだったなあ、と数年前の浅い自分を思い出します。

この本は、とても詩的です。
生き方を心を木の葉や虫や、動物達や風、太陽など自然のものに例える言葉の豊かさ。
彼らには、鳥や虫が語ってくれる声が聞こえます。
バオバブが走ったり、木の葉が人に語りかけたたり、木も花も土も他の動物達も、自分達人間と短すぎて自分達の心そのものとして、表現するのです。
その詩的な言葉が、私にジンバブエの太陽の光、風や土のにおいを感じさせて、生々しく、鮮やかな物語として、迫ってきました。

この日本の都会に生まれ、暮らす私には、彼らの自然との共生を感じ取れななくて、感性が鈍くて、ただ年表を並べたような歴史や政治経済の知識しか見られなかったんだと思います。

最初、ムビラを始めたころも、自分の指を追うこと、自分のフレーズ追うことで精一杯で、無心にはなれず、他の奏者の音も聞こえないし、スピリットの存在なんて感じられなかった。ただ、気持ちの良い音と美しい曲を感じるだけで、その中にある耳にも目にも感知出来ないものを、感じ取れなかった。
自分の中でムビラの音と自分の体や心が溶けて、意識のあやふやな世界に行きながらもムビラの音は正確に音を作り、自分は歌っている、そんな感覚をもてたのはパシパミレを招聘できた頃だったでしょうか。始めてから6年ぐらいたっていました。
音の中で、過去も未来も、自然のすべてと自分は繋がっていて生きているんだと、感じ取れたとき生きる幸せの意味を真に感じられた様に思います。

ショナ人にとって、土も太陽も、雨も風も、空も雲も、石も木も私なのでしょう。ジンバブエの自然自体が、強い命を持っています。人工的な森や庭の草木、排ガスの空、ビルの隙間の風とは違います。真の自然は、すべてが強い命を持っていて、語りかけてきます。

その感覚が、ジンバブエで暮らす時間が長くなる度に私にも育ったんだなあ、とこの小説を再読してみて知ったこの数年での自分の変化でした。



ムビラサミットvol.6がいよいよ今週末18日にあります。
過去5回も自分にとっては、一つ一つが考えて企画して、みんなで作り上げた思い出深いものです。
でも、今年は私にとっては、来年出られるか分からない。ムビラの練習していたら、日本でのムビラ活動の色々な思い出がよみがえって、ちょっと寂しくなりました。
今回も思い出深いライブになると思います。
多くの方に来ていただきたいです。
来ていただける方、私の方に連絡くださっても予約できますよ。

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| アフリカ、ムビラ | 03:33 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

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