元氣メグル日々 エリカのブログ

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2010年仕事納め

30日夜勤明けで仕事納め。
といっても、3日月曜日から夜勤に入り、4日仕事明けで成田へ向かい、ジンバブエへ旅立ちます。2月22日に帰国だけど、もう23日から夜勤に入ることも決まっていています。


なぜだか小さいときから、寝る前に「今日生きていられてよかった。神様ありがとう。」と祈る習慣があります。今日できることをできる限りやった、その積み重ねで1年が過ぎていきます。
そんな一年が今年も終わろうとしています。

今年、ムビラの活動では、いくつも願いを叶えることができました。
パシチガレ・ムビラズで、ずっと立ちたかったアフリカンフェスタのステージにも立てました。
バンドで、地方公演に行きたいと願って、長野と高知、神戸、東海とパシチガレでいけました。土佐清水の人々の温もりと土地の美しさに東京の仲間にも触れてもらいたいとずっと思っていて、今年はヤスさんとともに土佐清水にも行けました。
一緒に音楽を作ってくれて、私に居場所を与えてくれるみんなに感謝です。
ソロにバンドにと、48本もライブをし、6回も地方に行けました。
こうやってムビラの活動を続けていく中で、毎月ライブをさせてくれる東京の方々、ライブに足を運んでくれる人たち、地方でステージを探して仕事を作ってくれる方、地方で宿泊させてくださる方、そういう多くの方への感謝を深くしています。
中には電話やメールのやり取りだけで、私に会ったこともないのに、私を信頼して力を貸してくださる方もいます。
活動を続け、年を経ることは、周囲の人へのありがたさが深くなる日々だと感じています。
私は、ただ自分から湧き上がる表現を続けて生きたいので、変化する私が応援してくれる人の期待に添えないかもしれない。でも、私は、ただ正直に自分を表現することが、生きているってことだと思うから、ただ真っ直ぐに降りてくる表現をするのみです。
こんな私を応援してくれ私の夢をか叶えてくださる多くの方々へは、本当に感謝しかないのです。
来年の私は、自分でも分かりません。小さく安定をもとめまとまる自分より、大きく宇宙の変化とともに移ろい行く自分でありたいです。
出来るだけ東京を離れて、地方で自分を表現することは続けて生きたいなあ。


年末、母と一緒にムビラジャンクションのクマさんが送ってくれた、今年3月に急死した師匠パシパミレの葬儀のDVDを見ていました。
母が、「パシパミレ先生。なんで死んじゃっったの~」と泣いていました。母の先生じゃないのに。。。母に泣かれると私は泣けず、一人でこっそりとみて泣きました。
「エリカがあの時、パシパミレ先生を日本に連れてきて本当によかった。偉い。」とわが子を褒めていました。
こんなに自由に生きている私の生き方を母は、応援してくれる。
この母にも感謝です。
母は、ジンバブエについて行くと言っていたのに、サファリをしたいからタンザニアに行くそうです。


そして、看護の仕事にも感謝です。
今の派遣看護師で行っている職場は、一日契約なのですが、4年も続けています。婦長も変わること3人目。月に3箇所の病院や施設に行っていた時代もありましたが、この1年はこの老人介護施設の夜勤をしています。この4年、特養にも、在宅にも戻れず、すっとこの施設で過ごしている老人もいます。精神も体もどんどん衰えていく彼らなのですが、私はみんなに会える日が楽しみなのです。
派遣会社の社長も私の絵本を買ってくれたり、今回ジンバブエに行くにも、厚生年金や健康保険をそのまま継続にしてくれて、優遇してくれます。
施設もずっと私を受け入れてくれていて、帰ってからの私の復帰日も決まっている。
仕事に恵まれています。
医療の現状には愚痴を言いたいことがあるのですが、やはり仕事があることはありがたい。
看護の仕事を与えてくれ、支えてくれた全ての人に、感謝して一年を終わりたいと思います。

来年も、心を込めて一日一日積み重ねられる年でありますように。

ハヤシエリカ

お正月のお花。最近、花が愛らしくてしかたないです。
IMG_0236.jpg

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