元氣メグル日々 エリカのブログ

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お別れムビラライブ

30日に横浜に帰るため、25日に辞職させてもらい、引越し荷物整理を急ピッチでやっています。

仕事を辞め、とても気軽になりました。久々の常勤でしたが、ピアスや指輪など、アクセサリーは外す様に言われ、辞めたその日に再びつけたらやっと自分を取り戻したように思いました。シリアで買ったピアス、南アフリカで買ったネックレル、それらは旅する私を見守って来てくれました。組織に所属することが、こんなにも自分の心を縛るとは。確かに保守的で旧態の労働環境ではありましたが、あの診療所が悪いわけではなく、私という人間が所属を嫌う人間に成長してしまったということです。
自分らしく生きるしかありません。
20代後半でバックパックひとつで放浪の旅に出た時から、ずっと私はジンバブエ、日本を小さい荷物で行き来しながら旅するように生きていくのでしょうね。

娘が5ヶ月過ごさせてもらった吉海保育所で、お礼にムビラの紙芝居をしてきました。時間ができたら是非ムビラの演奏をしてほしいとずっと言われてきましたが、月曜日~土曜日までの勤務で依頼に答えられなかったので、島を去る決意をした時にこちらからお願いしました。
この5ヶ月、娘はオムツも外れ、着替えも自分でできるようになり、そして言葉の数が増えて「貸して」「辞めて」「違うよ~」「あのね」とコミュニケーションが取れ始めま、目覚しい成長を遂げました。友達と喧嘩したり、年上の子の真似をしてみたり、社会性を育ててくれました。この保育園で過ごせて本当に幸せでした。

今回の紙芝居は、みんなに愛生音のお父さんの住むジンバブエでの生活の紹介も大切にしました。
2月にジンバブエで過ごした写真を見せ、ジンバブエでのお父さんの仕事や食べ物、言葉について話しました。「アイネちゃんのお父さんは、会社行かないの~」って子供らしい質問。
園長先生は、囲炉裏のあるキッチンや牛で畑を耕す写真などに「余計なもののない生活なのね。すっきりしていていいわねぇ。私たちなんて、新しい機械や新製品に振り回されて、なくてもいい物に囲まれて。」と話されていました。
この感覚を分かってくださる方は、本当に稀。多くの人が、「アフリカは貧しい。そんな貧乏な国にいくことない。治安が悪い。病気が心配。」そればかりです。
確かに貨幣経済において貧しく、夫も時に日本にいる私に送金を依頼してくるほど困窮しています。私も夫の元へ行ったら、お金のやりくりに悩まさせれるのは分かっています。
しかし、彼らの外見は貧しくても、その心はジンバブエの草原のように大きく自由で豊かなのです。
この豊かさを分かってくださる感覚をもった先生に娘を預けられてよかった。

紙芝居は、子供との対話を大切にしました。
育児で忙しく、ムビラもまともに触れていなかったのですが、ブランクは過去の自分の表現に縛られず、また新しい作品のように、新しい表現でできるものなのですね。今回は言葉や曲も変えて、子供向けにムビラ演奏は短かめで、霊媒師や祖先の霊など難しい言葉は解説してみたりしました。
それでも、子供たちは私の歌に大爆笑し、ホロロローとムルルを真似て、儀式の場面ではムビラにあわせて立って踊る子もいたり。紙芝居が終わっても、子供たちは列を作って、ムビラやホーショをさわりたがって、興味を持ってくれました。
夕方、娘のお迎えにいっても「アイネちゃんのお母さん、すごく面白かったよ」と子供たちには私を囲んできました。
私にとってもこのムビラの「神とつながる音」という絵本は、一生やり伝え続けたいムビラのメッセージを持ていると、再確認した豊かな日でした。

横浜に帰ることに際して、9月中に東京でムビラのライブをやる予定です。ジンバブエに行く前に、子連れでムビラライブを少しできそうです。また詳細はお知らせします。
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| 大島の日々 | 00:20 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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台風と子育て

四国は大丈夫と、横浜の実家から再三電話があったけれど、この瀬戸内海の島は日曜の明け方には、風も雨も落ち着いていました。さすがに、島の中で看板が飛ばされていたり、木の枝が散乱してたりはしていますが、大した被害はなし。
この愛媛県の大島に住むと、横浜に比べて、地震も台風も少なく、冬も夏も大した厳しさはなく、暮らしやすい穏やかだな地だと思います。
この夏、自宅ではまだ一度も冷房も扇風機も使っていません。職場の同僚などに聞くと、みんな冷房全開みたいですが。私は寒くても暑くても、大体衣服だけで調整が聞く体質で、大島の暑さなど横浜のアスファルト地獄に比べたら、涼しいぐらいです。

雨の日の休日は2歳の娘と家に篭っているのは、なかなかの苦行。
私が家事をしている間に、等身大赤ちゃん人形を抱っこして、洗濯籠を壊さんばかりにお風呂ごっこをしていました。娘は赤ちゃん人形もぬいぐるみもみんな寝つかせます。でも、この赤ちゃん人形を私が抱っこして可愛がると、「アイネのママ」と嫉妬して怒ります。
休日は、あまりに一人ではしゃいで昼寝をしないので、私が一人で昼寝しようと布団に入ったら、自分がいつもやられているように掛け布団も肩まで引っ張りあげてくれて、ママにトントンして「ネンネ、ネンネ」としてくれました。かなり世話焼きです。
保育園で娘は飛び級なので、同じクラスの子達はひとつ年上。3歳児たちはお箸を使うので、最近は「アイネもお箸」と家ではお箸を要求。「見て、見て」とお箸で何かをつまめる度に得意げです。来年には手づかみの国、ジンバブエに行こうとしているのに。

「赤、青、黄色」と何色でもこの3色ばかり。色の概念が分かり出した様子。親が教えなくても、保育園で年上の子達によく教わって来て、保育園の力はすごい。

雨の日のお散歩。大人の傘を自分で持ちたがります。何でもママのすることを、してみたい。でも、ママは濡れているのですが。。2つ傘を持つと、途中で「重い」と傘を放りだし、抱っこ要求。傘2つと13キロの娘を抱えて雨の日に歩く母は、力持ちになります。

反抗期でも、あるから「違う~」とよく言います。お茶をあげれば「違う。牛乳(うちでは豆乳だけど、娘にとって白い飲み物は全部牛乳)」。気に食わなくて、飲み物や食べ物、おもちゃを放ることもよくあり、私に毎日きつく注意されています。しかられても、ママにかまってもらえてうれしそうでニコニコしていて、こちらの真剣さがなかなか伝わらない。何度も言って聞かせて、成長を待つしかないですね。
空気を読む子なので、保育園ではとてもお利口さんらしく「しっかりしている」とよく言われるのですが、家では服も床もよく汚してくれるし、ママが座るとコナキジジイのように「オンブ」と背中に張り付いてきて、床を拭く四つんばいのママに馬乗りにもなってくるし、仕事と家事に追われる私の体力を奪います。

お気に入りの歌は、5月からずっと鯉のぼり。歌詞に「大きな真鯉はお父さん」というのがあるせいか、この歌を「マゴイ歌って」と言います。自転車の子供椅子から何度も「マゴイ歌って」と言われて、大声で季節はずれの鯉のぼりを歌いながら自転車をこぐ日々。「カエルの歌」もお気に入りで「ケケケケ、クワクワクワ」と一緒に歌います。
娘と一緒に歌が歌えるなんて、幸せ。

私の足の打撲したあざを見て、「ママ、ジージーしたの?(お絵かきしたの意味)」と聞いてきます。可愛い表現。そして、ペンを持て来て、私の足に書こうとする。ジージーじゃないからと言っても、分からないね。

仕事に家事に慌しい過ぎる日々。
この常勤の仕事をやめれば、もう少し娘と一緒に過ごしてあげられる。
保育園はとても良くしてくれますが、お迎えに行くと全速力で走って私に抱きついてきます。この子が何よりも母との時間を望んでいるのを常に感じます。
国は、女性の労働力を確保などと言い、経済成長のために女性の社会進出を望むようですが、日本の経済成長など私は望まない。それよりも、子供の心と体の健康な成長のほうが大切。
私は子供の幼い時に常勤で働きすぎるのは、母親にとっても、子供にとっても良くないと思っています。父親でも、母親でも、祖父母でもいいから、家で子供とゆっくり過ごす余裕のある人が、家庭に誰かいたらよいのでしょうね。
私は日本ではシングルマザー。仕事も家事も育児も全部やらなければならないけれど、経済的に豊かでなくてもいいから、子供が幼い時は私はもっとこの子を抱きしめて、一杯お話をしてあげたい。
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| 大島の日々 | 23:36 | comments:6 | trackbacks:0 | TOP↑

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横浜に帰る

私たちは、8月末に横浜に帰ります。

大島に来たのは、今年1月、娘を安全に自然の中で育てるために、放射能汚染の少ない自然の残っている地を目指したからでした。ジンバブエの夫の状況はよく分からずまま、2年近く時がたっていたので、ジンバブエでの生活はあきらめていたのです。状況は、2月にジンバブエに行って変わりました。ジンバブエの夫は、経済的には変わらずに厳しいので私たちは日本にいたほうがベターだというけれど、彼の村に私たちは住める状況です。
娘は2歳。やはり、子供に父親の愛情は大切だと思います。日本で多忙極める片親と過ごすよりも、大自然の中で家族に囲まれ、鳥や牛や犬や多くの動物と暮らし、炎を眺め、夕日や星空を眺めて、音楽にあふれる生活のほうが、娘は心豊かに成長できるように思います。
私にとっても、夫の愛情は必要なのです。

折角、この美しい大島に来れたのだし、今年一杯はこの安全な環境の島で生活して、来年早々にジンバブエに行こうと思っていました
それが仕事帰り海を見ながら、8月末で島の生活を切り上げ、横浜に帰ることに決めました。
啓示のように、横浜に帰ろうと閃いて、心が決まりました。

今の仕事は月曜日から土曜日まで勤務で家事と育児に疲れきって、この自然も味わえない生活なのです。
今のままでは横浜に比べ拘束時間1.5倍で給料半分。娘の世話も充分できない中で、ジンバブエへ行く目標資金も蓄えられていないのです。
島の生活は、古来から人々が生きてきた歴史ある地で、海や山、畑や田んぼを見ながらを暮らす日々は、大変心地よいのですが、ないよりも労働環境が悪いことが、一番辛かったです。

私は、もう日本の常勤の看護師はできないなぁ、って痛感しました。今回の常勤生活は、自分を知るいい経験でした。
日本的な労働環境では、働きすぎていて、心豊かに暮らせない。絵の創作もできない、ムビラも弾けない。
私たちは、楽しく生きるために生まれてきたのですから、心豊かに暮らせないと思うことを無理してやり続けてはいけないと思うのです。
特にもう病院勤務は無理なようです。
ワクチンも抗生剤も、検査も、薬剤の多用も、自分の健康哲学から大きくずれていて、抵抗が強いのです。
私は、現代医療に疑問をもって、マクロビオテックの勉強をして、鍼灸や薬膳、霊気、最近ではホメオパシーと自然療法を実践してきたのですから。
看護師として、自分にウソをついて働けなくなっている自分を感じます。

横浜では、9月から派遣で老人福祉施設の勤務が決まっています。老人介護のような生活支援のほうが、私には抵抗は少ないです。
看護師は、どの地方に行っても仕事はあります。私も、小学生のときから看護師を目指し、今も人の健康を支えるこの仕事の本質は好きなのです。経験年数は長いので、採血、点滴、緊急時の対応など、看護師としての技術にも自信はあります。
しかし、手に職があっても、自分との価値観にずれが生じたときに、働き方のバランスは難しいものなのです。

私は、20代後半で日本の住居も職も捨ててバックパッカーとして旅をした時に、世界の多様性を知り、多くの人に親切にしてもらって、多くの世界の愛を知りました。
世界は多様であるから美しいのだと、知ってほしい、そしてお互いが理解し合って、世界が平和であってほしいと願って、ムビラや絵の活動をしてきました。その先に、ジンバブエの夫との、恋愛や結婚、子供の誕生があり、この結婚や子育ては最大の文化交流であり、世界平和のための行為だと思っています。
今、世界は戦争の火種が止みません。シリアやイスラエル、中国のウイグル自治区など自分が旅した地で、人々が殺され逃げ惑う姿に心が痛いです。それに関与しているわが国の行方も心痛いです。
看護師の仕事は、社会の中で大切な仕事とは思います。
しかし、私には、私に愛を分けてくれた世界の人たち、ジンバブエの仲間への恩を、絵やムビラの活動で表現していきたい、しなければという思いが沸き起こるのです。

子供を産んだ時。親となって、子供を守るためだったら、自分は自分の欲求に目をつぶっても働いていけるだろうと思っていました。でも、それは違いました。
子供が純粋に成長していくに従い、私自身も自分の内なる真の声に純粋になっていきます。
私が私であってこそ、子供もその子のままに成長できるのでしょう。
私はジンバブエに行き、そこで生きられる方法を見つけます。それが今の私の答えです。

写真は、保育園でもらったお誕生日カード。
ポーズを撮る娘の表情がすごく可愛い、大切にしたいカードです。
家族のように慈しんでくれた保育園に娘がいけなくなることは、大島を去る中でとても残念なことです。
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| 大島の日々 | 22:40 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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2歳になりました。

娘は2歳になりました。
オムツも取れて、「チッチ」「ウンウン」とよく教えてくれます。
言葉もよく理解してくれて、何でも私の真似をしようとする。洗濯物を畳んだり、箒で掃いたり、ゴミを捨てたり、一緒にやってくれます。
この子が生まれた時は、この子を何としてでも守り抜こうと思っていたけれど、今はこの子は私を守ってくれる同士のように思います。
私をその笑顔で励まし、その目覚しい成長は、すべての命の尊さと私自身の生のすばらしさを思い起こさせてくれる。
大した病気もせず、2歳になってくれてありがとう。
私はもうすぐ40歳の誕生日を迎えます。

私は、この子のありのままを抱きしめて生きて生きたいし、私自身も自分の魂の声に忠実に、自分のありのままを信じて生きて生きたいです。
この世界を取り巻く現状は、人の生活から自由を奪ったり、人殺しをする方向へと向かっていて、本当に悲しいです。
私は多くの異文化を受け入れてきた日本人として、人も文化も混じり合い、多様ある世界を大きく包み込むことが世界の平和であり、すばらしい未来を作ることだと信じています。だから、このジンバブエ人の血をもったこの子が生まれたことは、私の誇りなのです。

私は、この子が成長するにしたがって、お金の苦労は分かっていますが、ジンバブエの夫の元でこの子を育てなければと、真剣に思っています。
この子は、日本人でもあり、ショナ人でもあるです。日本文化は私が教えます。でも、ショナの文化も身につけて、行かなければ。特に、父親の弾くムビラを聞いて、祖先の声を聞いて育ってほしい。
娘が飾ってある家族写真を指差して「アイネ、ママ、ダディ」と毎日言います。その声を聞きながら、ジンバブエのあの大空と大地を思い、暮らすための計画を練る日々です。

大島のムビラ友達クマさん一家と、イギリス人のベンさんを招いて、誕生パーティーをしました。
今、折り紙に夢中な娘のために、実家の母が折り紙で帽子を作って送ってくれたので、みんなでかぶってみました。
みんなに祝ってもらえて、幸せでした。
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| 大島の日々 | 00:21 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

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人の私生活よりも

自己肯定的に既成概念にとらわれずに、常に新しい自分でいることをしている人は、生きている幸せを感じていられるといつも思っています

この島に来て、多くの人はとても親切ですが、一部の人に私生活に介入してくる人に出会います。

隣人の方は、私が夜に台所の電気をつけ料理をしていることが気に食わなくて、「眠れないんだ。何やっているんだ」と怒鳴ってきました。この島の一部の人はとても言葉使いが荒くて「おんどりゃ、わしを舐めてんのかぁ」という感じで怒鳴ってくるのです。
私は子供が寝た後、安全に料理したくて、0時を過ぎて料理をしてしまうことが度々あったのですが、ただ電気をつけて料理をしているだけなのに「こんな時間に起きているな。10時までに電気消せよ。できないなら、出て行けよ」と怒鳴られてしまった。
私には、よく理解できない出来事で、どのように対応しようか少々悩んでいました。
しかし、相手は老人だし、この島で古くから暮らす住人だし、相手の考えを変えることはできないので、これは無理をせず早く寝なさいという神様のメッセージかな、電気代も浮くのでいいかな、と思うことにしました。

仕事から帰宅してから纏わりつく娘をなだめながら、料理や洗濯の家事に追われて、この隣人の家に面する台所で料理するのは、10時まで。今まで以上に時間に追われる慌しい日々なのですが。
それ以降に台所に入るときはヘッドライトを使うことにしました。まるでジンバブエのクムーシャ暮らしのようで、笑ってしまうけど、このヘッドライトが意外と便利で、結局夜はヘッドライトつけてお風呂洗ったり、洗濯干したりしてしまっています。

私は「世界は私であって、私は世界である」という言葉が好きです。私の見方ひとつで世界は変わるのです。
相手は変えられない、他人と比較したり、他人を評価しても世界は変わらない。
私が自分を愛し、自分が笑顔でいられる考え方に切り替えれば、世界は変わっていく。

「あなたの家TVないんですって。現代の子供にTVなしなんて、子供がかわいそう。」などと言ってくる人もいるのです。電磁波の危険性、TVによる国民の意識の操作、自分の考ているTVの弊害を少々話すと「あなた考え方がおかしい。周りとあわせないと嫌われるわよ」などとも言われてしまうのです。
自分の信念のもとに、自己責任で暮らす私生活にどうして忠告めいて言われるのか、これもまた私の理解を超えた出来事でした。
年代に関係なく、食生活、これまでの生き方、働き方、衣服など身に着けているものなど、口を出してくる人に時々お会いする。言われても、私は傾聴するだで、信念は変えないのですが。

都市部では、隣人に関心なく、誰が何をしているのか関与してきません。
私は、都市部的な人間関係の希薄さより、この島のように人との距離が近いほうが、人間らしい生活だと思っています。
今回、私が出会った問題は、田舎的な人間関係の密さではないでしょう。彼らの考え方にあると思います。
保守とも言えますが、自分の価値感の外にあるものを否定的に評価するのです。
この考え方だと、他者を否定しているうちに思考は膠着して、面白さや幸せ感から遠のいて、最終的に自己否定へと行き着いていってしまいます。そして、土地と人は一体化しているので、この島自身が外部からの人間を受け入れられず、より過疎が悪化して活性力のない島になってしまうでしょう。
私は個性的なキャラクターかもしれません。もし、私が土地の人間だったら、個性的な人間がどう物事を動かしていくか、面白くてワクワクしてみていると思うのですが。

私の私生活などより、この国は恐ろしい方向へ舵を切っています。
この国の未来を見つめたほうがいいのではないでしょうか。
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| 大島の日々 | 00:27 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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