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元氣メグル日々 エリカのブログ

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2019 ジンバブエ その8

ハンターがワイルドピッグを担いで、売りに来た。子供でサイズは小さいが、この肉は美味しい。ここではハンターは、犬に獲物を追わせて、石や棍棒で撲殺するハントだ。昔、この村に住んでいたときに、朝だれかが部屋をノックする。出ていったら、血だらけのウサギを買ってくれとハンターが立っていて、ワイルドな生活を感じたことがあったことを、思い出した。

子供たちが親元に帰ってしまって、夫人の仕事が増えてしまったので、私もクスカ(食器洗い機)やスイップ(ムチャイロ)や料理をすることが増えた。クムーシャでの家事仕事は、とても好きだ。日本の洗濯機、食洗機、掃除機と全部電気を使う生活がバカバカしいほど、ここは全部手作業だ。

日本は暑いようだが、ここは強風が吹いてとても寒い日も多い。ジンバブエのベストシーズンは、やはり雨季の10~3月だろうな。この冬のシーズンは、寒いし儀式もないし、すべて荒涼としている。
このチアニケ家に来るのも四年目。新曲も習っているが、過去の曲の復習もする日々。曲の理解は毎年深まる。

セクル・チアニケが言う。「子供にムビラを習わせるなら、10歳過ぎてからにすべきだ。そして、本人が好きだったらいいが、好きでないことを無理にさせてはいけない」
この国では、勉強しろと親はけしていわない。農作業や家畜の世話、家事に対しては、厳しくさせるが、勉強や趣味の範囲は本人の好きにさせる。だから、ムビラメーカーでも大工でも、「自分には才能があってこの仕事についた」と堂々という。
日本の教育は、決まりを守れ、言われたことをちゃんとやればかり。ジンバブエの大人たちのほうが、人はそれぞれの才能を授かって生まれて来ると、よく知っている。

娘も夏休みの課題を持って来ている。自由研究に絵日記にしたが、途中で飽きてしまった様子。子供は私が思うより、もっと瞬間を生きているのだなぁ。振り替えって今日面白かったことを、絵や文にまとめるのが面倒に感じる様子。数日描いたしいいだろう。時間を決めて読書しろという課題もあったが、我が家は読書習慣があり毎日好きに読んでいます、と書いて終わりにした。読書も勉強も、時間を決めてやるものでなく、好きなだけやればいいし、嫌いならしなくてもいい。

ジンバブエにいると、日本の管理教育が益々不自然に感じてしまう。











| ジンバブエでの日々 | 03:03 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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2019 ジンバブエ その7

ハラレの日本人の友人たちに会ったら、ハラレではBond キャッシュが手に入り憎いため、US $を両替所で直接エコキャッシュという電話番号付帯のデジタル通貨にBond で入金してもらうという。または、プリペイドカードにやはりUS $をBondで入金してもらうため、Bondキャッシュは殆ど使わずに過ごせているという。
2008年までの、ハイパーインフレーションの時とは、このデジタル通貨の出現は大きな違いがある。
しかし「これで2回目ですよ。呆れますよ。」と友人。一回目のインフレーションで友人も月の給料が食事一回分にもならず散々な目にあったので、今回は絶対給料のUS $払いを変えないでくれと要求していると話していた。外国人の中では、貯金が10分の1になったり、引き出せなくなり、ジンバブエでのビジネスに見切りをつけた人も出ているそうだ。
大統領も変わってもまた同じ状況を招いているジンバブエ。

村に帰ったら、子供たちは学期休みに入っており、人数が減っていた。
ショナ文化では、クムーシャ(故郷)に子供を預ける文化があり、今まで親の生活苦が孫を預ける理由だと思ったが、チアニケ氏は「クムーシャは誰しも老後や死後魂が帰る場所で、とても大切だ。子供たちはクムーシャの祖父母の元で育つことが、文化として大切だ」と話していた。家族の繋がりや文化を伝えるということの強さを、日本よりも感じてしまう。

娘は、チアニケ家の同世代の子供と遊ぶのだが、ショナ語で罵りあい、喧嘩をする。石の投げあいをして、足に石がぶつかって泣いたりしていた。日本で、石の投げ合いなど許されないだろう。こんな喧嘩も貴重。
棒を持って牛追い(クモンベ)はするし、日暮に鶏、アヒル、ガチョウと鳥たちを小屋にいれるが、それも家の男の子たちと鳥を追い回し、抱きかかえて手伝っている。「よえ~よえ~」と掛け声までショナ人。この逞しさ、適応能力、成長したね。
写真:アマイ・チアニケにお風呂にいれてもらう娘

| ジンバブエでの日々 | 03:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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2018ジンバブエ その6

ハラレにビザの延長の為にでたが、ドルとボンドのレートは上がらないのに、物価はジワリと高くなっている。
ガソリンスタンドの車の列の長いこと。後が見えない。
ATMは、キャッシュ不足で殆ど機能していない。
こういうインフレーションになってくると、人々は貨幣を貯めておくことより物を買う。チアニケも纏まった収入をかなり中古の日本車購入にあてた。以前のハイパーインフレーションの時も、自家発電機に全ムビラ収入をあてたムビラメーカーがいてその発想に驚いたものだが、物ならば高い値段をつけて転売できるというわけだ。どれだけ貨幣価値が信用ならなくなっているか。

こんなジンバブエだが、ハラレは相変わらず活気があり、人々は爆笑しながら冗談いいながら、手を繋ぎあったりスキンシップを楽しみながら、笑顔に溢れている。私はジンバブエミックスの娘を連れているので特に目立って、ムバレで古着を買っても薬草を買っても、人々に話しかけられ、からかわれる。
日本人はいつも不機嫌そうな人がなんて多いことか。この開けっ広げなジンバブエの人々の笑顔とユーモアを見せてやりたい。

娘の父親がハラレの宿に来てくれて、2年ぶりに会えた。娘は勿論大喜びだ。相変わらず父親に表情が似ている子だと思う。
この旦那がいうには、「いまのジンバブエの急激な変化はすぐにまたよい方に変わるだろ」というのだ。根拠がない楽天的な発言。日本のような社会問題に無責任、人任せではないのだ。どこか圧倒的な楽天さがジンバブエ人にはあるように見える。

| ジンバブエでの日々 | 04:18 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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2019ジンバブエ その5

牛の感染症が流行しているようで、まだ4ヵ月の子牛が数日かけて動けなくなり、目の前で痙攣して死んでいった。娘とともに見ていた。その後、解体も娘は興味深くみていた。次の日も大人の牛が病気で、早めに肉屋に売られて、その解体の一部始終もみんなで見ていた。毎年、色々な動物が絞めらていくのを見慣れていて、臓器の名前を聞いてきたり、怖さとかより生物の生死に興味深い様子。
「お肉は食べたくないね。殺されてしまっているんだよ」と娘。

牛の感染症は深刻なようで、20頭近くいる牛を押さえて、全員に注射を打っていた。押さえるのも人が紐で力ずく。ここは本当に何もかも人力、手作業。
人々は恐ろしく目が良く。薄暗い中、牛の名前を呼んで牛追いをする。牛は見えても名前まで分からない。
都市生活は人を身も心も退化させてしまって、ただ機械的に時間の刻みばかり早いだけなのではないだろうか。

娘が「メイズって無駄なところはないんだね。」と話してくる。メイズは、粒は食用。芯のマグリは薪になり燃やされる。日本の稲だって、お米は食用、藁も色々な道具を作って使われたんだよ。

ホウキをムチャイロというが、庭から適当な枝を折ってこしらえる。娘の家の子供とともに草原に入ってこしらえて、庭をはいていた。「ホウキを作るのって面白いね。」自然の中で色々な道具が作れるね。買う必要がないんだね。

今年のチアニケ一家。夏休みになると、孫たちは親元に帰ったり人が散って行くので早めに集合写真を撮った。大体、常に20人近い人が共に暮らしている。

| ジンバブエでの日々 | 23:56 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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2019ジンバブエ その4

セクル・チアニケが子犬を60bond で飼ってきた。村の生活では、番犬は重要だ。名前を付けていいと言われて、Chikaraと付けた。ショナ語と日本語で、似たような発音、意味の言葉がいくつかある。チカラは、ショナ語でもパワーや強さを表して、日本語の力と似ていることを知っていたので付けたが、チアニケ家の人も気に入ってくれた。ショナ語の方は少し魔物的な危険なパワーを表す言葉みたいだ。

セクル・チアニケに今のジンバブエに状況をどうみているのか。
「リーダーたちは、自分の儲けばかり考えていて、底辺に人々の為の政治ではない。武器を買うぐらいなら、貧しい人々を救うべくだ。」日本の話かと思った。
それでも与党zmPF支持だ。「独立に為に戦った戦士がまだ政治をしている。外国に身売りする気の若い野党の連中より信頼がある」そうだ。
「しかし、プライスコントロールも出来ない政治は酷い。」ものの値段が店によって、毎日違う。オールドプライスの店や値札を探すと、同じものも安く買える。ある朝、チアニケとガソリンを買いに行ったが、ハラレの値段が分かるまで、ガソリンはあるが売れないというのだ。ハラレで値上げしたら地方も上げる。結局、待ちくたびれて、その日は諦めた。
為替は、US $1=7~10bondと上下しても、ものに値段はけして下ることなく上がっていく。
セクル・チアニケは、日本の選挙投票率が50%を切ったと話したら驚いていた。昨年の選挙を間近でみたが、村中の人が選挙に村の中心に向かって行っていた。「政治は何が正しいか分からないが、選挙に行かないことは自分たちの未来に関心がないということだ。」というジンバブエ人のほうが、今の日本人よりよほど民主主義的な意識があると思ってしまう。みんな政治の話は好きだし。

牛の乳搾りが少し上手くなった。娘は、牛が怖くて数回絞ったら逃げてしまう。乳搾りって、こんなに握力のいる仕事とは思わなかった。ムビラを弾いて手が疲れて、乳搾りで手が疲れて、握力を鍛えられる。
植民地時代は、白人の農場で1日1人50匹絞っていたそうだ。
独立から39年。この国にいると、まだ植民地時代の話、独立戦争の話が聞こえる。

| ジンバブエでの日々 | 23:54 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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