元氣メグル日々 エリカのブログ

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ジンバブエのムガベ大統領退陣

ジンバブエは、37年にわたるり大統領の地位にあったムガベ氏が辞任した。私も、この政変を感慨深げにみている。

私は、ムガベ氏には同情的だ。老人介護の仕事をしていると、90歳を越えた高齢者に賢明は判断はできないのだ。幼児にできないように。それが自然だ。
誰かうまくこの高齢者に、うまい幕引きのタイミングを作ってくれないかと、白内障で白く濁ったムガベの顔を見ながら思っていた。
ジンバブエの友人たちとのやり取りで、「今は軍が力を持った。新しいリーダーに替わるのが最善だ。」とこの軍による事実上のクーデターを歓迎しムガベの退陣を求めるが、ムガベ氏自身を非難していない印象を持っている。
ムガベ氏には、このまま国を追われることなくクムーシャ(出身地の村)に帰って、穏やかな余命を過ごし、持病の治療に専念して欲しいと思う。

この政変でヌナンガグワ氏に大統領が変わっても、ZANU-PFの中で主導権争いの中でリーダーが変わっただけだ。ムナンガクワ氏は、ムガベ氏と独立前から行動を共にしてきた人物で、政治、経済の方向性はそんなに変わらないと思う。
そこにジンバブエの安定性さえみている。
野党が政権を奪えるチャンスは、2009年にMDCのチェンギライが首相になった時などにあった。でも、野党もそして市民からも、ムガベ退陣の道を作れなかったことは、国民はZAPF-PFの政治を最善と考え、野党にジンバブエを率いるだけの力がないと言えるのではないだろうか。

このムガベ退陣が、ZANU-PFの内部抗争を終わらせるだけで終わってしまい、ジンバブエは国際社会に復帰する大きなチャンスを逃したという解説もある。
多くの解説が、欧米社会の搾取側からの価値観で共感できない。
私は、この国には独立前から前100年にわたり植民地支配を強いられ、搾取され、独立しても人種間の格差が大きく、この国の植民地時代の傷跡は現代も深い。再びグローバル経済に飲み込まれて搾取されることもない。

ジンバブエの民は、過去のハイパーインフレーションの時にも今回のハラレでの行進でも、大きな暴動などなく平和に笑顔で過ごしていて、とても忍耐強くでバランス感覚のある国民だと、私は感じている
リーダーの顔は変わっても、国の方向性は変わらないだろう。それがこの国のバランス感覚のように思っている。

| アフリカ、ムビラ | 13:12 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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夕食はサザ

今夜の夕食は、娘の希望でサザでした。ムリオ(おかず)は、ジンバブエのソヤミート、トマト、玉ねぎ、キャベツの煮込みです。やはり村のサザ粉、野菜の地産地消の食材と囲炉裏の火で料理したものと、格段の差があり、ジンバブエの村を二人して恋しがったのでした。
朝御飯は、ポーリッジだそうです。勿論、ジンバブエのサザ粉とピーナッツバターのドヴィです。

写真は、9月の満月の夕暮れに撮った木登りする娘。このパンツ丸見えが可愛いです。ルサペでの儀式の村で撮ったものは、よく棒を振り回してポージングしていて、この写真の後でフラドリック・ムジュルが無邪気な娘を笑っていたのが、印象的。







| アフリカ、ムビラ | 01:55 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

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Ndi kuenda ku Zimbabwe

同僚たちが入所金が安い有料老人ホームに移ってすぐに亡くなってしまった利用者の知らせに 「やっぱり幸せってお金が必要なのよね。所詮こうやって一生働いていく人生よね。」と話していた。
「幸せはお金じゃないですよ。」と驚いて切り返す私。
「ハヤシさんみたいに浮世離れした人に言われてもねぇ。羨ましいけど、子供っぽいよ。」と同僚たち。
平日、介護施設の看護師して、娘の保育園の送迎に追われ、社会の中で地道に生活していると思っていたが、浮世離れしているように見えるのか。

幸せは、自由な心と共にある。
私は、必要最低限の収入でいい。自分が自分の人生を素晴らしいものだと思いながら生きてきたし、生きていたい。それでなくては、産まれてきた子供たちに輝かしい命を感じさせることなんてできないだろう。
日本にいても、ジンバブエの音楽は常に私の心に鳴り響き、ジンバブエの村の草原や家の囲炉裏の匂いが胸にある。私は幸せだ。

今年も28日から6週間弱、ジンバブエに行ってくる。
殆どリンガ村のビレッジ7の家で家事をして過ごし、ビレッジ4Bのチアニケの家でムビラを弾いて過ごすだろう。
去年約束をすっぽかした夫も、今年は共に過ごしたいとアプローチしてくる。ショナ文化は、根深い一夫多妻制だなぁ。こういう倫理の違い、文化の違いは、理論しても理解しあえない。良い悪い区別つけずに、自分の許容の中で付き合い、良いところを認め合うというのが平和というものなのでは、ないだろうか。

娘は言葉など通じなくても、兄弟や村の子供たちと毎日泥にまみれ、木に登り、鶏やヤギ、牛に囲まれて、毎日を楽しむだろう。
娘が元気に、自由に制限なく走り回って、笑って過ごしてくれること。これが私の最大の幸せ。

写真は鎌倉の海でジャンプ。


| アフリカ、ムビラ | 11:09 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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娘の保育園で紙芝居

5月26日に娘の通う保育園で、ムビラの紙芝居「神とつながる音」のライブをしてきました。娘の通う保育園は、その名も「土と愛こどもの家」という認可保育園で、食事、外遊び、農作業と比較的自然育児に取り組んでいる40年程の実績ある保育園です。
ゴールデンウィークに、北海道で紙芝居ライブしてきたことを話し、絵本をあげたら、保育士たちが絵本の内容に感動してくれて、紙芝居ライブ実現となりました。
「自分が生きていることが、祖先や全ての生き物とつながっていることを、日常生活の中で意識しないで生きていて、自分達はおごっている。この絵本を読んで、生き方を考えさせられた」と保育士の方が言っていました。

娘は年中ですが、年少から年長までの子は集中して、興味深そうに聞いてくれて、ムルルを一緒にしたり、ショナ語の挨拶を真似てくれたり。小さい子は、聞き慣れないムビラの音に急に泣き出す子、踊り出す子、それぞれの反応が面白い。

最後にお昼ごはんを園児とともにご馳走になりました。それぞれの子に細かく声かけし、見守って、保育士の愛情を受けてどの子の生き生きと成長していました。
また、小学校や保育園幼稚園で、生音でムビラを音と物語を届けたいなぁ、と思っています。

| アフリカ、ムビラ | 14:09 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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シンボッティ来日ライブ

Sekuru simboti with my daughter.

シンボッティに初めて会ったのは2002年。ジンバブエで度々会ってきましたが、習ったことも、一緒に儀式に行くことも演奏を聞く機会もなかったので、この八王子の来日ライブに行ってきました。
昼間のライブは少なく、この八王子公演はラッキーでした。子供を夜連れ歩くのは、子供の心身に負担かけます。自分の活動も夜は当分しない予定です。こうやって子供も連れだせる時間帯で組んでもらえることは、嬉しいことです。

シンボテッティは、相変わらず穏やかな落ち着いた雰囲気を醸し出していました。そして、大変伝統的な飾り気ない実直な力強い演奏。パシパミレ、チヤニケと、同年代の師匠についてムビラを習ってきましたが、この世代の方はムビラの演奏の中に、大地を耕し働き、子供を育て、生き抜いていくという人生そのものを込められますね。

「過密スケジュールの演奏旅行、お疲れでしょう」と話したら、「儀式で一晩弾くことに比べたら大したことない」と言っていました。本当に、儀式で一晩以上弾き続け、その上飲み続けますから。ムビラ奏者って偉い体力です。

「日本とジンバブエの文化は、同じようなところがある。」とも話していましたね。違いよりも共通点を感じてもらえて良かった。短い滞在ですが、日本を居心地よく思ってもらいたいものです。

「早くジンバブエに行こうよ。」と最近娘はよく言います。「早くお兄ちゃんやお父さんに会いたい。お友だちとも遊びたい。」と。私も早く村の大草原でムビラ弾く毎日を過ごしたいですよ。

| アフリカ、ムビラ | 13:51 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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