元氣メグル日々 エリカのブログ

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愛について。


「愛って、知っているよ。

愛って、ママのことでしょう。
愛のパワーって、ママがギュッってしてくれることでしょう。

子が教えてくれる愛の意味」

五歳の娘がそっと教えてくれた愛について。平日仕事、休日子供と外遊び。朝から晩までフル稼働で自分の時間ゼロ。
それでも私は、幸せで満たされている。
娘の健やかな成長が、すべての命をいとおしく思わせてくれる。
仕事で出会う個性的な老人たちも、みんないとおしい。

| 日々のこと | 20:43 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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明けましておめでとうございます。

謹賀新年
元旦から大山阿降利神社に初詣してきました。
日常の雑事に追われ勝ちですが、今年も万物との調和、世界の平和の為に少しでもはたらけますように。

昨年初夏に大山に行ったときにより、楽々と登山した娘の成長を感じます。
昨年よりムビラや絵を描ける時間を確保して、自分の感覚を研ぎ澄ませて生きたいものです。

今年もよろしくお願いします。

| 日々のこと | 18:11 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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胎内記憶か

4歳の娘との会話。胎内記憶か。

私:アイネは、どこからきたの?
娘:天国で神様とご飯食べていたんだよ。そうしたら、あのママのところに行きたいなぁ、って思ったの。
私:どうしてこのママにしようと思ったの?
娘:シンデレラみたいで綺麗で、優しそうだったから。
私:どうやってママのところに来たの?
娘:神様に連れてきてもらったの。そしたら、お腹に入ちゃったの。

絵本を読んであげると、作話して話を膨らませているぐらいの子だから、この話も作話かも。
でも、この親のもとに自ら選んで来たんだという感覚は、良かったねぇ。選ばれたんだから、こちらも責任もって生きましょう。

しかし、ちょっと叱られると
「♪優しいママだと思って来てみれば、意地悪ママだった❗あ~残念♪」
なんてふざけて大声で歌って来る。
自分が悪いくせに腹立つなぁ。

写真は、先日登った大山阿夫利神社

| 日々のこと | 01:39 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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ニホンという滅び行く国に生まれた若い君たちへ

響堂雪乃著『ニホンという滅び行く国に生まれた若い君たちへ』を友人の高校生のお子さんに贈ろうと読んだ。

「君たちが対峙する脅威とは、外国資本の傀儡と化した自国政府であり、生存権すら無効とする壮絶な搾取であり、永劫に収束することのない原発事故であり、正常な思考を奪う報道機関であり、人間性の一切を破壊する学校教育であり、貿易協定に偽装した植民地主義であり、戦争国家のもたらす全体主義である」(本書「まえがき」より)

「君たちはニホンという国ができて以来、もっとも過酷な時代をいきなくてはならないのだ。」という言葉に納得。私は、今の社会にこのくらいの危機感はある。
この本を読んで、私にとって目新しい説はなかったが、国民国家、資本経済、法、政治、経済、すべての社会的価値が崩壊しつつある現実社会をみつめ、騙されず、人任せせず、この時代に新しい価値を自ら作って生き抜いていかなくてはならない。
「15歳から始める生き残るための社会学」とあるが、大人にとっても大切なメッセージがある。

繋がることより孤独な時間をたいせつにし、読書し、一生学びつづけ、国境に跨がる社会を築こう、という若者への声かけにが共感する。
学校不信、教師不信、世の中の大人の不正義に不信感一杯で、かといって同級生とも価値観を共有出来なかった、私の中学ぐらいの時にも、こういう類の本に出会いたかったなぁ。

ジンバブエで暮らしていて思ったのが、ジンバブエのような国では、国民が政治も経済も、自分達の国の支配者、執政者を信じていないのだ。伝統や文化に誇りは持っているが。だから、自分達の生活を守るのは家族や近隣の人々。自分の体と頭脳を使って、家族内で助け合い、仕事を作りだし、国境を渡り、個人の自立度が日本などよりずっと強いように思った。日本人は、政府が守ってくれる、テレビがいっていることが正しい、と思いこみ自分で知識を集め、俯瞰的に社会をみれていない。日本の地方の人は特にそうだ。
複雑にこんがらかった社会に飼い慣らされた先進国の人間より、原始的なシンプルな人間らしい暮らしを維持している人々のほうが、これからを生きるヒントを持っているように感じる。さあ、若者よ旅をしよう!アフリカへ行こう‼


| 日々のこと | 14:52 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

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「アガーフィアの森 」を読んで

「アガーフィアの森」という本を読んだ。
内容は「野生動物だけが生息するシベリア針葉樹林帯で、30年以上自給自足していた家族が発見される。老人の率いられたその家族は、信仰を守るため、約300年前にこの地へと逃れてきた一族の末裔だった。家族以外の他人に一度も会ったことのない純真無垢な末娘、アガーフィアの、驚くべき忍耐力と溢れるばかりの好奇心…。ロシア全土が固唾を呑んで見守ったルイコフ一家の運命。その「事件」の全貌。」というものだ。

彼らは、俗世の人間が彼らの生活をささえようと善意で持ち込む文明的なものを「自分達には禁じられています。」と拒む。差し入れられる生活物品も「こうものが多くては、一度の人生で使いきれない」と呟く。
アガーフィアは、最後父親も他界し、シベリアの樹林帯で、ひとりで生きていくことになった。周囲が俗世での暮らしを勧めても、「あの人たちは、一時的なものにすぎない肉体の心配ばかりして、魂の救済についてはちょっとも考えていない」といって孤独で危険な森での自給自足と祈りの生活を頑なに貫いた。

私は、ジンバブエの村での生活を思った。村は、この物語と比較して明らかに俗世だ。しかし、自然は人がいきるすべてをくれ、物体より魂の救いのほうが人生にとって重要か、教えてくれた。孤独も輝く夕日に救われて、心は大自然の神に見守られ包まれていた。
現代に生きる私たちも「人間にはそれは禁じられています」「神に対する罪です」と拒む勇気が欲しい。原発や遺伝子組み換え、化学兵器、自然破壊につながる開発など。

この本を読んでいる時、娘の保育園で小麦粉粘土を作る作業をしたことがあった。子供たちが大喜びだった。でも、私は思わず職員に抗議してしまった。ジンバブエの自給自足の時代に現金で買わなければならない小麦粉が、貴重だった経験がある。食べ物を食べずに創作に使うことに、私は罪の意識を感じた。食べ物は、命だから、食べて欲しいと、若い保育士に訴え、思いもよらない発想だったと驚かれた。

この「アガーフィアの森」は、罪深い現代社会に生きる私達に、貴重なメッセージをくれる。

| 日々のこと | 22:33 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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