元氣メグル日々 エリカのブログ

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娘の保育園で紙芝居

5月26日に娘の通う保育園で、ムビラの紙芝居「神とつながる音」のライブをしてきました。娘の通う保育園は、その名も「土と愛こどもの家」という認可保育園で、食事、外遊び、農作業と比較的自然育児に取り組んでいる40年程の実績ある保育園です。
ゴールデンウィークに、北海道で紙芝居ライブしてきたことを話し、絵本をあげたら、保育士たちが絵本の内容に感動してくれて、紙芝居ライブ実現となりました。
「自分が生きていることが、祖先や全ての生き物とつながっていることを、日常生活の中で意識しないで生きていて、自分達はおごっている。この絵本を読んで、生き方を考えさせられた」と保育士の方が言っていました。

娘は年中ですが、年少から年長までの子は集中して、興味深そうに聞いてくれて、ムルルを一緒にしたり、ショナ語の挨拶を真似てくれたり。小さい子は、聞き慣れないムビラの音に急に泣き出す子、踊り出す子、それぞれの反応が面白い。

最後にお昼ごはんを園児とともにご馳走になりました。それぞれの子に細かく声かけし、見守って、保育士の愛情を受けてどの子の生き生きと成長していました。
また、小学校や保育園幼稚園で、生音でムビラを音と物語を届けたいなぁ、と思っています。

| アフリカ、ムビラ | 14:09 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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シンボッティ来日ライブ

Sekuru simboti with my daughter.

シンボッティに初めて会ったのは2002年。ジンバブエで度々会ってきましたが、習ったことも、一緒に儀式に行くことも演奏を聞く機会もなかったので、この八王子の来日ライブに行ってきました。
昼間のライブは少なく、この八王子公演はラッキーでした。子供を夜連れ歩くのは、子供の心身に負担かけます。自分の活動も夜は当分しない予定です。こうやって子供も連れだせる時間帯で組んでもらえることは、嬉しいことです。

シンボテッティは、相変わらず穏やかな落ち着いた雰囲気を醸し出していました。そして、大変伝統的な飾り気ない実直な力強い演奏。パシパミレ、チヤニケと、同年代の師匠についてムビラを習ってきましたが、この世代の方はムビラの演奏の中に、大地を耕し働き、子供を育て、生き抜いていくという人生そのものを込められますね。

「過密スケジュールの演奏旅行、お疲れでしょう」と話したら、「儀式で一晩弾くことに比べたら大したことない」と言っていました。本当に、儀式で一晩以上弾き続け、その上飲み続けますから。ムビラ奏者って偉い体力です。

「日本とジンバブエの文化は、同じようなところがある。」とも話していましたね。違いよりも共通点を感じてもらえて良かった。短い滞在ですが、日本を居心地よく思ってもらいたいものです。

「早くジンバブエに行こうよ。」と最近娘はよく言います。「早くお兄ちゃんやお父さんに会いたい。お友だちとも遊びたい。」と。私も早く村の大草原でムビラ弾く毎日を過ごしたいですよ。

| アフリカ、ムビラ | 13:51 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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北海道でのムビラライブ&シュタイナー

このGWは、北海道虻田郡豊浦町へ。洞爺湖のそばです。
目的は、北海道シュタイナー学園いずみの学校に学ぶ友人一家をたずねて、いずみの学園を見学すること。
我が娘はまだ保育園の年中ですが、どう日本で宇宙や魂の世界を感じながら成長していくことができるか、を考えたときシュタイナー教育に行きつきました。この一年、読書は進めて、シュタイナー哲学に共感しています。進学は、自宅近くの横浜シュタイナー学園を希望していますが、北海道でのとりくみも見てみたい。

アントロポゾフィー(人智学)のカレッジ「ひびきの村」には、住み込みでシュタイナーの確立した人智学について学び、実践している人達がいました。主宰している方々と話したら、アントロポゾフィー農業、医療を実践して人達もいるのですね。娘の教育ばかり考えていて、自分の職業的な部分まで掘り下げられていなかった。しかし、東洋医学的に自然環境、宇宙との調和が健康に重要と分かっていますが、人智学になると魂やカルマといった部分も関わってきます。精神科や認知症、終末期の人々をみて、魂的なケアーは絶対に必要なのです。今後、アントロポゾフィー医療を学んで、看護師としての自分の仕事に役立てようと、新しい扉が開けた思いました。

友人の依頼で、ムビラの紙芝居ライブをさせてもらいました。ジンバブエ移住前にやったのが最後なので、2年近くできていませんでした。平日仕事、休日娘の外遊びという生活の中、なかなかムビラを練習できず、ライブに踏み切れなかった。しかし、子供を寝付かせた夜中起きてムビラ弾いたり、ムビラは私にとって祈り、瞑想。神やこの世のエネルギーと繋がるもの。ムビラ弾く時間をどうにか確保していきたい。この紙芝居の中には、私の伝えたいムビラのメッセージは全て込められています。
娘も、成長してきたし、これから少しずつ昼間のライブやワークショップができる機会を増やして行きたいと思っています。
洞爺湖、登別と近くの名所に連れていってもらいました。美しい自然です。地球の息吹を感じます。しかし、人間は観光地化するために、どれだけの聖地をコンクリートで埋めいじってきたことか。ジンバブエのあの村の草原たちのなかにいたせいか、いつも開発と言う名で自然を破壊し聖地を汚していることを感じてしまいます。
行きは去年のジンバブエ渡航のマイルを使って飛行機でしたが、帰りは苫小牧から大洗までのフェリーを使いました。幼児は無料だし、浴室は広いし、レストランは安いし、キッズルームもあるし、いままで多くの船旅をしましたがこの船は最高に快適です。

シュタイナー教育にも、アントロポゾフィーにも、自分のムビラにも、これから自分が取り組んで行く道が見えたように思えた、有意義な旅でした。お世話になった皆さん、本当にありがとうございました。また、参ります。

| アフリカ、ムビラ | 20:39 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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ニホンという滅び行く国に生まれた若い君たちへ

響堂雪乃著『ニホンという滅び行く国に生まれた若い君たちへ』を友人の高校生のお子さんに贈ろうと読んだ。

「君たちが対峙する脅威とは、外国資本の傀儡と化した自国政府であり、生存権すら無効とする壮絶な搾取であり、永劫に収束することのない原発事故であり、正常な思考を奪う報道機関であり、人間性の一切を破壊する学校教育であり、貿易協定に偽装した植民地主義であり、戦争国家のもたらす全体主義である」(本書「まえがき」より)

「君たちはニホンという国ができて以来、もっとも過酷な時代をいきなくてはならないのだ。」という言葉に納得。私は、今の社会にこのくらいの危機感はある。
この本を読んで、私にとって目新しい説はなかったが、国民国家、資本経済、法、政治、経済、すべての社会的価値が崩壊しつつある現実社会をみつめ、騙されず、人任せせず、この時代に新しい価値を自ら作って生き抜いていかなくてはならない。
「15歳から始める生き残るための社会学」とあるが、大人にとっても大切なメッセージがある。

繋がることより孤独な時間をたいせつにし、読書し、一生学びつづけ、国境に跨がる社会を築こう、という若者への声かけにが共感する。
学校不信、教師不信、世の中の大人の不正義に不信感一杯で、かといって同級生とも価値観を共有出来なかった、私の中学ぐらいの時にも、こういう類の本に出会いたかったなぁ。

ジンバブエで暮らしていて思ったのが、ジンバブエのような国では、国民が政治も経済も、自分達の国の支配者、執政者を信じていないのだ。伝統や文化に誇りは持っているが。だから、自分達の生活を守るのは家族や近隣の人々。自分の体と頭脳を使って、家族内で助け合い、仕事を作りだし、国境を渡り、個人の自立度が日本などよりずっと強いように思った。日本人は、政府が守ってくれる、テレビがいっていることが正しい、と思いこみ自分で知識を集め、俯瞰的に社会をみれていない。日本の地方の人は特にそうだ。
複雑にこんがらかった社会に飼い慣らされた先進国の人間より、原始的なシンプルな人間らしい暮らしを維持している人々のほうが、これからを生きるヒントを持っているように感じる。さあ、若者よ旅をしよう!アフリカへ行こう‼


| 日々のこと | 14:52 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

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「アガーフィアの森 」を読んで

「アガーフィアの森」という本を読んだ。
内容は「野生動物だけが生息するシベリア針葉樹林帯で、30年以上自給自足していた家族が発見される。老人の率いられたその家族は、信仰を守るため、約300年前にこの地へと逃れてきた一族の末裔だった。家族以外の他人に一度も会ったことのない純真無垢な末娘、アガーフィアの、驚くべき忍耐力と溢れるばかりの好奇心…。ロシア全土が固唾を呑んで見守ったルイコフ一家の運命。その「事件」の全貌。」というものだ。

彼らは、俗世の人間が彼らの生活をささえようと善意で持ち込む文明的なものを「自分達には禁じられています。」と拒む。差し入れられる生活物品も「こうものが多くては、一度の人生で使いきれない」と呟く。
アガーフィアは、最後父親も他界し、シベリアの樹林帯で、ひとりで生きていくことになった。周囲が俗世での暮らしを勧めても、「あの人たちは、一時的なものにすぎない肉体の心配ばかりして、魂の救済についてはちょっとも考えていない」といって孤独で危険な森での自給自足と祈りの生活を頑なに貫いた。

私は、ジンバブエの村での生活を思った。村は、この物語と比較して明らかに俗世だ。しかし、自然は人がいきるすべてをくれ、物体より魂の救いのほうが人生にとって重要か、教えてくれた。孤独も輝く夕日に救われて、心は大自然の神に見守られ包まれていた。
現代に生きる私たちも「人間にはそれは禁じられています」「神に対する罪です」と拒む勇気が欲しい。原発や遺伝子組み換え、化学兵器、自然破壊につながる開発など。

この本を読んでいる時、娘の保育園で小麦粉粘土を作る作業をしたことがあった。子供たちが大喜びだった。でも、私は思わず職員に抗議してしまった。ジンバブエの自給自足の時代に現金で買わなければならない小麦粉が、貴重だった経験がある。食べ物を食べずに創作に使うことに、私は罪の意識を感じた。食べ物は、命だから、食べて欲しいと、若い保育士に訴え、思いもよらない発想だったと驚かれた。

この「アガーフィアの森」は、罪深い現代社会に生きる私達に、貴重なメッセージをくれる。

| 日々のこと | 22:33 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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